かしこくもなりたいし、女の子にもなりたかった。

とってもガーリーなゆるふわ愛され何でも屋を目指す、30代男性がお送りするファビュラスなブログ。

SPAJAM2015の成果物の思考プロセスと雑感

この記事は決勝の結果発表前の朝から、その発表会場に着くまでの間に殆どを書いている。 結果はすでに多数のメディアで出ている通りであり、我々はファイナリスト賞である。

今回作ったものについては、テーマの深さからどちらかというと思想面についてそれなりに掘り下げたものを自分向けに残しておきたいのでこれを書き記している。

ゆえに、完全に僕視点であり、僕の思考の流れの解説(この辺りはチームメンバーに強調しておきたい)がほとんどだ。そういった点を留意して読んでいただきたい。

成果物のものの紹介はまたYouTubeなどにプレゼンテーションの動画が公開されるだろうと思う。 なので、そういったプロダクトそのものの魅力を伝える向きの内容はもうちょっと待っていて欲しい。


シェアを楽しむ

発表されたテーマはこれ。 まさかこんなにざっくりしたテーマが来るとは想像もしていなかった。

僕自身の経験として、本質的にシェア行為を楽しんでいる人にあまり出会ったことがない。僕自身も、SNSのシェアは人になにかをさらけ出すというより完全にライフログの一環としてやっていて、どうせならもうGoogleとかにクロールされてディープラーニングのエサにでも進んでなった方がいいんじゃないかな?って思ってやっている。

では誰かにシェアをするという行為で何を満たしているのか?

割と大きなヒントがチームメンバーの言葉。

“「娘の写真を公開してLikeが付くと嬉しい」“

この言葉で一つ大きな突破口を見つけた。シェアとは、顕示欲を満たす為の1つのプロセスなのではないか?と。

顕示欲

人間って誰かに自分の良いと思っている事柄を伝えたいと思う生き物なのではないか?それは一種の生存本能であり、文明を切り開いてきた人類がそれであった最大の原動力であった可能性がある。

知を満たすという行為を嫌う人間は居ない。これは間違い無いです。どんなに勉強が嫌いと言っていても、自分が良いと思うことの知識吸収量は圧倒的に増える。

"シェアとは、相手に知識を与えるという生命体の生存本能そのものである"

知識は一種の遺伝子。自分の知を繋いでいくことは、生存戦略そのものなのだ。そしてその行為が「シェア」である、と。

じゃあ顕示欲はなぜ存在するのか

生存本能という点まで落とし込んだとして、この仮説で行くとシェアを楽しめていないと自認している人たちはそもそもにおいて「生存本能が欠落した人類」という事になってしまう。

もちろんそうかもしれないし、人類は知の側面からアポトーシスを起こしているのかも知れないがこの仮説はまた別の時に取っておくとして、今回は「相手に自分の知を与えたいという欲は本質的に持ち合わせている」という仮説をベースに進める事とした。

これは何かに似ている。そう、宗教だ。

宗教とは自分の信じるものが如何に素晴らしいかを、人に伝えていく事によって成立している。この行為そのものにモチベーションを感じているものとは、まさに宗教ではなかろうか?

と、そうなった時にそれを身近に置き換えたら、「アイドル」となったわけだ。アイドルは一種の偶像であり、その存在は完全にエンタテインメントであり、それらにはファン(信者)が付き、彼らは自ら信仰を示すことにおいてリソースを惜しまない。

この方式による承認欲求、顕示欲を埋める手法を、誰にでも受け入れらてる方法があれば、これはシェアを楽しむ方法になり得るのではないか。

Splatoonという前例

任天堂が最近出したSplatoonというゲームがある。

このゲームはただでさえ不調なWiiUにおいて異例なまでに売れているわけだが、このゲームを私はプロダクトデザインとして非常に評価しているとともに、その構造に非常に感銘を受けている。

すでに多くの場所で言及されていることだが、このゲームはTPSである。しかもオンラインの対戦前提である。

このゲームジャンルは素人お断りであり、音声通話は罵詈雑言が飛び交うとても恐ろしいジャンルと思われている。(そして大して間違っていない)

このゲームの素晴らしいところはハードコアゲーマー以外をこのジャンルに引っ張ってきたことだが、その特徴は2つに集約できると思う。

  • 勝敗をボディカウントではなくそれ以外(塗り面積)としたこと。
  • コミュニケーション手段を用意しなかったこと。

1点目はシンプル。直接の殴り合いや撃ち合いというものはつまるところ個人攻撃である。そこが面白さではあるが、心理的にも来るし、何よりゲームシステムとしては修練も必要となるため、素人がぷらりと参入しにくい。勝敗条件を変える事は、その障壁を下げうる。

2点目も興味深い。そもそもにおいて、SNSは恐ろしいところである。深追いすれば自分の知りたくない情報も知ってしまうところだ。だからこそSNSは匿名で行うことに対しての需要が一定数存在し続ける。

こう見てみると、SNS上の熱狂的なファンコミュニティなど、実際こういうハードなTPSな状態になってるところ、結構あるんじゃないか?とすら思ってくる。

Splatoonを前例としてみると、一定の匿名性と、匿名の集合体による緩やかな勝敗決定(効果の結果)が見えれば、人々が受け入れる上での障壁はかなり低くできる可能性がある。結局のところ、自由度に比例して人は攻撃力を持ってしまう。ここに一定のかつ平等の不自由を与える事で、結果自由と気軽さを演出する事ができるかもしれないわけだ。(このアプローチは予選作であるpolariumにも通ずる)


Kudol

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サービスのデザイン

さあ、ここまでピースが揃ってきたので、kudolをサービスデザインを考えていく。 そう、ここで私たちが作ったものを今一度紹介する。私たちの作ったソフト名は「kudol(クードル)」で、一種の陣取り合戦ゲームである。

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システムを順を追って説明する

・サービスとしては純粋な陣取り合戦である。 ・自分のアカウントには、崇拝する対象を1つ設定できる。 ・崇拝対象は不特定多数のアカウントで共有できる。 ・現在位置を中心に円形に陣を取っていく。 ・陣のサイズは、信心(これを心拍で判定する)の大きさで決まる ・陣の領域の情報を見ることができる。

いらないと思ったもの

・コミュニケーション手段 ・陣地のオーナー情報(誰がどこを取ったのか?など) ・陣地の大きさからの勝敗判定

思考

ここまでの通り、基本的には地図上に推しの色を塗っていくだけであり、勝敗判定すら入れないことで勝手に遊び方をかんがえてもらうツールとすることを考えていた。

例えば陣地をただひたすらに広げていくことを目的とする人もいれば、すでに塗られている陣地を奪っていくことにモチベーションを感じる人もいるだろう。あるいは軌跡で絵を描く人もいるかもしれない。

こうして考えてみると、思想はSplatoonであり、あるいはMinecraftである。そしてそのアウトプットは極めてingress的でもある。

位置情報という絶対的な情報、そしてバイタルという不確実な要素。この2つで、バーチャルな世界になんとなく意思を持って介在できるのは、コミュニケーションを限りなく絶った状態であってもなんとなくコミュニケーションを取っているように錯覚できるのではないかと予想している。

ただひたすら自分が好きなものを地図状にばらまく。人の坩堝は価値観のミキサー状態だろうし、田舎は一色かもしれない。

こうして信仰の分布を見ていくと、日本という国、ひいては世界も違うように見えてくるかもしれない。

kudolとは心拍を使う位置ゲームでという表現では正しくない。kudolは崇拝マップを作るツールそのものであり、血を持って争われる崇拝対象の違いをデジタルの世界で無血化し、結果多くの価値観を人々と分かち合う「シェアを楽しむソフトウェア」なのだ。


反省

やっていることはシンプルだし、作ったものもシンプルなはずだった。なによりPSSと説明した情熱検出システムは心拍検出そのものだったが、今回難しかったのは、これがどうテーマと結びつくかという点が伝わりにくかった点かもしれない。これは正直反省点としてある。

こういってしまうとなんだが、我がチームは前回作ったpolariumは非常に秀逸だったと思う。これは今回の戦いで初めて自覚した。テーマに対してストレートな解を返すということの難しさであり、それが成功した時の結果なのだ。

Kudolのサービス設計は何一つ間違っていないと思う。ただいちプレゼンターとしては、この見せ方と思想、そしてテーマの関連性を会期が終わった後ですらシンプルに表現できていないことが非常に悔しい。

プロダクトデザインとはむずかしい。 ファイナリストまで残ったことは非常に光栄だし、今後の自信であることは間違いない。とはいえ今回の無冠は今までの中で一番考えさせられるものだった。私は来年も許されるならSPAJAMに挑戦しようと思う。この面々での再戦かもしれないし、そうじゃないかもしれない。その時に再びファイナリストとして戦える、そう信じてもっと明快に説明できるだけの技量がを身に付けたい。

間違いなく成長できた5日間の戦いだった。

kudolもpolariumも、きっちりブラッシアップしていきたい。この2つは墓場入りさせるにはもったいないからね。もちろんその墓場をチームメンバーと作ろうとしているあたりが、ハッカソンらしさであり、面白さでもある。

ま、また仕上がったら普通にエンドユーザー向けの楽しい紹介書くよ。